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師匠という存在

何事にも師匠は必要だ。

応心という言葉がある。手の中にしかないもの。本人にしかわからないもの。
昔、中国の王様が、車作りの名人の車(平安時代の牛車のようなもの)を作らせた。名人が王様の前で作っていると、王様は書物読んでいた。名人が王様に何の本かと問うと、「大変えらい先生が書かれたものだ、お前にはわからない」と答えた。
名人は「私もこの技術を息子に伝えたいと思います。木の車は楽に枠にはめようとするとズレが生じガタガタする。きっちり作ると今度はうまくはまらない。」更に名人は、「真髄は私の手の中にある。それは教えることはできない。本人が学ぶしかない」と返事をした。
王様はいたく感心した、という話だ。
人が育つ基本は上手い人を真似るということだ。盗むこと。しかし、応心を盗むことはできない。自ら体得していくしかない。その長い長い道しるべとなるのが師匠である。
先日(2014年11月)私の師匠の一人に会った。「そろそろ寿命がくる、君に渡したい本があるので家に来い。」87歳の師匠は、軽快にパソコンを打ち、笑いながら、唾を飛ばし、しゃべりまくる。
師匠と出会えることは、どの領域であれ、プロフェッショナルを目指す上で欠かせない。

マッチポンプのようなビッグデータ・ブーム

ビッグデータが流行っている。かつて、そしても今も取り組んできた製造業の事例が並ぶ。過去、私も微力ながらご支援をした経験がある。

田口メソッド、性能試験、耐久実験などデータ解析の塊だ。ビッグデータと言い換える必要はない。

そこでマーケティングにビッグデータ。ペットボトルは通勤電車に乗る前に買うことがわかった・・・。
ビッグデータは相関を見るので、仮説はない。大量のデータから病気と原因の関係を探る。科学だ。私は文系なので、相関はエクセルで分析するくらいしかしない。
どうも気に入らない。観察すればわかるはずだ。マーケティングをデータで分析し、顧客の行動特性を分析し、予測し、類似購買を誘う、或いはイグジットを防ぐ。
30年以上前、先輩からマーケティングは「見観察」だと教わった。その人は、レストランに入ると、その店の月間売上高をほぼ言い当てた。店内での行動を観察しては、購買行動を言い当てた。
仮説-実践-検証がビジネスの基本だ。センスといっても良い。ちなみに、センスのよろしくないものは何をやってもよろしくない。(自分のセンスにあったもので自分を活かすことだ)
ビッグデータの話を聞くと、ある意味、センスがないからデータを分析する、ように聞こえる。何故、現場に出ない。数字は確認する、という感覚で、検証するという感覚で見ることが、ビジネスマンだと私は思う。ビジネスでも数十年要する基礎研究の類は別途である。これは遺伝子の分析など、科学の領域で、まだビジネスの段階ではないものだ。或いは、損益のみで扱ってはならぬカテゴリーだ。

仮説-実践-検証を繰り返せば、間違ったデータ、観測環境などが違うかな、ということも気づくものだ。
CRMが余り効果がなかったかのかどうかはわからないが、次はビッグデータなのか。
ビッグデータの分析は必要だ。ただし、ツールなので商売に走ってはいけない。

ちなみに、新規のものにマーケティングは殆ど無力だ。データさえない。そこに創造性や面白みはある。

人事と研修は最後の領域

若い時、大先輩からいわれた。「人事は最後にやれ。事業やマネジメントを経験せず、人事など扱えない。少なくとも40過ぎてからやれ。」

日本能率協会コンサルティング㈱で人事コンサルティング部門ができた時、私が担当することになった。無論、人事コンサルティングをやっていた先輩もいる。大企業の人事部門出身もいる。人事コンサルティングという組織を立ち上げる際、私を任命したのは、私が人事コンサルティングをやったことがないことが理由だと思っている。人事制度設計jなどやったことはないが、組織機能や業務の成果定義、改善ができず、評価などできない。戦略、組織、改善という事業部を渡り歩いてきたので任されたのだと思う。40少し前だった。今思うと、少し早かったような気がする。

 

私は研修というものをコンサルティング経験(30年以上になるが)において、最初の20年はやったことがない。

研修は、コンサルティングという実践で培ったものを整理整頓して伝えるものだと思っている。

理論と実践の繰り返しの中で信念は生まれる。研修は凝縮されたものが出てくる。

いろいろ調べ、他社のケースも調べ・・・しかし最後は自分の経験したものがものをいう。引出しが多いと、総合的で本質的な解説ができる。調べた情報も知識ではなく知恵として活用することができる。

 

ケーススタディには留意すべき点がある。ケーススタディというものを知識として吸収してしまい、考えるものになっていないことを多く見てみてきた。やはりその会社の現在の課題で議論する場を持つことでである。

経営学に限らず、多くはメタ・アナリシスだ。事例研究から入り、法則性の類を見出す。よって部分的、事例であるケーススタディは必要である。

しかし、新規のものにマーケティングはとても弱い。創造性そのものが求められる。だから答えのない現在の課題で検討し、実験し、検証する。答えのないものに取り組むのが仕事であり、コンサルティングも同様である。

研修もそうでなければならない。

 

実験と低成長

新興国の成長は世界経済に大きく影響を及ぼす。

international の戦略は、既存のものを地理的横展開を図っていくものだ。
市場に浸透しくプロセスの中で、次第にmultinational になる。現地での開発、マーケティングが必要となる。
何が売れるか・・・わからない。先ずは観察し、仮説をもって、試行錯誤する。
実験を市場で行う。顧客の反応を見る。そして僅かな変化をとらえて、改善または新たなに思考する。
実験の繰り返しが試行錯誤だ。努力とは試行錯誤だ。
マーケティング理論は新しいことには弱いものだ。

日本は低成長が続いている。すると守りに入る。貧すれば鈍するとはいわないが、既存にしがみつく。他責を行う・・・。自ら変わろうとはしない。
事業計画の立案プログラムを支援しているが、机上でできることには限界がある。よって、実験することだ。しかし、その勇気のようなものが、業績が思わしくないと、無くなってしまうようだ。
ちなみに、40歳半ばくらいの世代までは、成長期を体感していないのではないか。人は理解しても体験したことがないものは、なかなかできないものだ。

先日、あるベンチャーの集まりに参加した。数えきれない位の若手経営者が集っていた。おっさんは私くらいである。
就職難が理由とはいわないが、こういう若手起業家たちが育つことは嬉しい。気になるのは、IT経営者が殆どだということか・・・。

ちょっと昔になるが、50万円の乗り物を作りましょう。そこから発想してできたものは、エアコンはなく、新たな技術はなく、極めてシンプルなものだった。却下された。
しかし、外国企業はそれをやった。成長市場においては、ファースト・ムーバ―が有利であり、ブランドも形成する。二番手になった瞬間、生き残りをかける立場に多くはなる・・・。


闇研と管理

「昔は開発現場を歩くと、様々なものがころがっていた。個人が勝手に考えた試作品やアイデアだ。今の現場は綺麗だ。」

ある大手製造業でOBが集まった場での話だ。

今は管理が厳しく、計画されたもの以外はやれない。1円の予算も出ない。
一人で研究をしている技術屋がいた。定年退職を迎える年に、ある人へ「これは私の遺言のようなものだ。将来この技術は必ず花開く。」
ある人は、この技術への投資を可能な範囲で行った。今、その技術が基盤となってこの会社の主力商品は存在する。


ネットワークと体験

私の年代はデジタル移民(digital immigrant)だ。

携帯電話は最初に保有した。メールも最初期に使用した。利便性や必要性は認識しつつも、もう一歩何か埋められないものがある。
海外にいるとSkypeなどは手放せない。
twitterなどもpure riskの際に役だった。

人々が発信母体になった社会において、検索エンジンが進化することで、様々な機会や可能性が生まれる。一方で、気になるのは安易なミュニケーションである。
人が考えたことを知ることで考えたという錯覚をする。創造ではなく、答え探しをする。検索やネットワークを否定的にいうのではなく、物事には表裏があるということだ。
知識は入れるものであるが、出すのは知恵である。

私は仕事の一つとしてビジネスリーダー育成のお手伝いをさせていただいている。
メンバーがグローバルに散らばっていると、メールなどのネットワークツールを駆使してても、情報交換はできても、創造性の発揮までには、なかなか至らない。

多くのビジネスリーダープログラムや自身の経験から感じることは、時間空間を同じ場で共有しないと、気付きが触発されないのではないかと思う。信頼関係も同じかもしれない。

人は閾値を超えた経験をしないと変わらない。しかし、若い人は必然経験量は少ない。経験をカバーするためには、疑似体験で聴く力を養うことだ。同じ体験をした人はいない。しかし、類似の体験に置き換えて聴くことで、臨場感を得ることができる。頷きはそこで起こる。

しかし、若い人は疑似体験そのものは少ないので、共感する力が弱い。よって、情報に強く影響を受けてしまう。
人との場を共有せず、ネットの中だけでのコミュニケーションに臨場感はどれほど生まれるのだろうか。
部屋中を画面で覆い、緑を演出し、イオン的なものをマシンで発散させ、水の流れをサウンドしたとして、心休まるだろうか。

技術は進歩し、古い技術は陳腐化またはコモディティ化される。しかし、人間関係は陳腐化しない。真の人間関係を培う場を持つ事を大切にする社会であって欲しい。




組織におけるアンゾフとチャンドラー

チャンドラーは、組織は戦略に従うという立場を取った。アンゾフは戦略が組織に従うとう命題を出した。

戦略を創りだすのは組織だと仮定すれば、良い戦略も組織活動を通じて策定されるということになる。
組織がダイナミックに動き活動してこそ優れた戦略を生み出すことができる。

戦略は主に外部環境から学ぶ。一方、イノベーションは内部から起こる。
特に、新興市場では実験をすることが求められる。慎重に分析をして・・・遅くなることがある。
仮説をもって実験を行い、市場・顧客の変化を、兆しのような僅かな変化を察知するセンスが求められる。そして俊敏に戦術或いは戦略転換をする。戦略転換の際には、組織の情報コミュニケーション能力と俊敏な意思決定が求められる。
場の変化に気づくかなければ、良い戦略も立てられないということだ。

外部環境からの学びと内部環境における自律的変革能力は、相互に触発する関係にある。

ある企業を思い出す。80年代から組織文化診断の研究を行っていた。90年代この企業の診断の依頼がきた。意識調査とは異なる。コンサルタントであるから仮説のない検証はできるだけ避けたい。何故なら次に対策とその結果検証をしないといけないからだ。「あなたの会社はこんな問題意識は多いですね、こう思っている人が・・・%いますね」では対策にならない。

最終製品を作っているので購買部門を先ずは調べることにした。傘下の部品会社が幾重にも存在する。下から上を見上げるように、後工程から見ると、面白いものが見えてくるものだ。何故なら、前工程の問題は、全て後工程にしわ寄せしてくるだ。

私は部品の落ちていない(置いていない)購買を初めてみた。これで評価できるのだろうか? 複数購買において、各社の見積りから互いを競わせる。部品点数が多く、納期も決まっていれば、処理的になるのもわかる。擦りあわせの必要のない、組合せ製品ならそれも良いだろう。しかし、ここは未だそうではない。

この会社は、歴史もあり、資産もあり、ブランド力もある。よって潰れるとは誰も思わない。それが原因かどうかはわからないが、皆が人事情報に興味を持っていた。人事部門でもないのに、彼は何年卒で、いつ課長になって・・・。

様々な視点から、「不健全」という総評をさせていただいた。提案は全て却下された。診断から提案に至らなかったので、私の能力不足
である。その後、外から経営者がやってきて、改革を断行した。内からのイノベーションは起きなかった。
「社長は中からトップを選出したかったようだ」・・・後になって耳にした。




ビジネスリーダーはアイデア

PESTでいえばTechnologyになるのだろうか。戦略でいえば、ビジネスモデルといえる。

効率化や改善を長くやってきた。日本の強さに改善があることは十分に承知している。

マーケットリーダーを倒すことを考える際、マーケットリーダーの強さは何かを考える。強さが弱点になる状態(システム)を模索する。
単に差別的であっても、そこに市場性がないといけない。

改善というのは、既存のモデルから発想することが多い。よって、ビジネスモデルの変革に至らないことが多い。
ウォークマンはライフスタイルを変えた。iphoneもそうだ。改善から発想したものではない。
市場性というのは、市場規模やその成長性もそうであるが、何よりも今までにないものだ。新たなカテゴリーを創造するものだ。

目標管理がしっかりできる。メンバーの動機づけが図れる。トラブルに対して対処できる。問題解決ができる。仕事が素早くスキがない。そうしたことは、確かに上に立つ者には求めたい。
しかし、ビジネスリーダーの資質を考えた時、オペレーショナル・エクセレンスを前提とし、求めるものは、新たなものを創造する力、つまりアイデアである。アイデアが競争軸を変えることができる。

敢えていえば、日本の人材の育成課題はここにある。難しいのは、アイデアを創造する人材が、アイデアを具現化する能力に長けているとは限らないということ。また、時として組織の力を要することである。
属人的育成文化が強い日本企業において、そうした人材(アイデア)が埋もれてしまうこと、アイデアを実験する組織の懐がないことが課題であるように思える。

コーポレート・ガバナンス

日本能率協会コンサルティング(㈱)の勤務時代、コーポレート・ガバナンス室長をさせていただいた。私が退職(2000年暮れ)した後、この部門が存続したかどうかは不明であるが・・・一人で立ち上げた部門であった。


戦略はマッキンゼー、人事はヘイ、会計はPWC、システムはIBM・・・競合が多い中、能率とか効率という領域だけでは、どうも芳しくない。実は最も実践的であるのだが・・・。行動を変えなければ結果は変わらない。絵を描いても、実現できなければ、組織開発上、問題を残す・・・。そうは思いつつ、いかんせん、固定化されたブランドイメージは簡単には覆らない。

そこでコーポレート・ガバナンス。コーポレート・ガバナンス発祥の地はイギリスである。英国ではIOD(Institute of Directors)という政府機関がある。取締役個人を試験・認証する制度だ。
米国は、独立取締役、監査役強化、委員会など多様な仕組みが実践されている。2002年にはSOX法も施行された。
形だけを真似して失敗した大企業も多いのではないか。

日本は米国を見すぎる傾向がある。欧州のコーポレート・ガバナンスを見ると多様である。欧州といっても、4つくらいに区分した方がよい。北欧、スイス・ドイツ型、英国型、フランス・イタリア(南欧州型)。米国とは驚くほど異なる考え方を持つケースもある。
結論から言えば、私の感覚で恐縮であるが、コーポレート・ガバナンスは文化である。

日本流のコーポレート・ガバナンスを模索し、将来想定されるであろう社会性への強い要求と経済性とのバランスを取るモデルを提示しようと考えたが、全く力及ばなかった。唯一、IODと日本能率協会が提携できたことが成果だ。
余談であるが、日本で実施されたIOD1期資格取得者(4名)の中に、アサヒグループホールディングス社長の泉谷直木氏がいる。私も1期取得者で同期生だ。

コーポレート・ガバナンスに関する問題(インサイダー取引など)は今でも発生している。グローバルで見れば、今後更に増えていくだろう。何故なら、基本的に倫理の問題だからである。グローバル経営において、倫理<キャッシュ、であるように思える。勝てば官軍のようなものだ。

コーポレート・ガバナンスのある会合で、キヤノンの元社長山路敬三氏とお話をする機会を頂戴した。山路敬三氏はキヤノン欧州のトップを経験し、その後、テトラパックの会長、国連大学の総長もやられた(私の記憶であるが)。
コーポレート・ガバナンスの本質は何でしょうか? 「オープンでシスティマティックではないかな」。